検察庁法改正案 相対悪に見出せるファンダメンタルな議論を

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 検察庁法改正案は,これまでの強行された立法とは,中身と状況が大きく異なる。これまでは内閣の独善を法律に明記するものであった。しかし,史上の名君雍正帝が「法律は運用の妙を得て初めて効果がある」と言うように,運用のされ次第では,まだ不利益を抑える余地もあった。

 ただ,今回は違う。検察庁法改正はその趣旨からして検察庁の運営を適正化するものではなく,内閣が検察庁に,ともすれば指揮権以上に効力のある介入を認める法案なのである。

 加えて,これまでの法案はその運用の時が喫緊ではなかった部分もあるが,今回は黒川検事長という明々白々なる法の適用対象がいるのだ。

 以前,官邸側が黒川氏を法務事務次官に推し,本来事務次官候補としては筆頭格であった林氏が当時の法務大臣上川氏に左遷された経緯がある。検察庁法の改正はその延長上にある。検察庁法の退官規定によれば,検察の慣例上林氏が検事総長となるのが自然な流れであり,黒川氏は本来ならもう退官している。官邸の肩入れと検察庁法改正が一体であることは事実なのである。ここのような不安は,2018年1月18日の「法と経済のジャーナル」でも指摘されている。

世論の傾き

 Twitterでは,堀江貴文氏が検察組織の権限の大きさを指摘し,改正案を支持した。しかし,改正案に対する反対の声は安倍政権の体質を問題としており,検察庁の権限に関しては論点になっていない。堀江氏の指摘は論点の錯誤であり,的を射た発言ではない。

 だが,これにより世論に荒波が立ったことは事実だ。多くのTwitter利用者が堀江氏の妄言に惑わされている様子がある。現代の「寄らば大樹の陰」的な精神が現れているといえよう。堀江氏以外にも,論点錯誤の甚だしい意見や,半ば信仰に近い政権支持の声がある。

 情報洪水のこの社会,ふとした行動から右傾化の道を突き進む人が多い。コンピュータの分析・提案のシステムにより,視野が狭まらざるを得なく,中立公正な視点で政治を観察したと思う人であっても,自ら情報を取捨選択することはほぼ不可能である。

 自民党はネットサポーターズクラブなる組織も抱えている。ネットやSNSでの自民党の応援活動を推進する組織だ。自民党は選挙戦においても,ネット上の書き込みの監視,「ネトサポ」の動員を行なっている。ネトサポの勧誘対象は,日中に時間があり,政治的に利用しやすい傾向にある主婦層であるとみられる。

 組織的に発言することによって世論を動員することで,ネット上の右傾化が進んでいるとの見方もある。

根本的な問題

 日本の右傾化の波は,日本国民の民主主義精神の欠如が問題である。主権者として政治家を選ぶ際にも,人気投票に陥りがちである。維新の伸長もポピュリズム的態度によるものだ。ネット上での反政権的意見を袋叩きにする傾向も,少数意見の尊重という民主主義の精神が根付いていないことを示している。

 ほとんどの国民は,民主主義と君主独裁主義のどちらがいいかと問われれば民主主義だと答えるだろう。民主主義の精神が根付いていないのに民主主義を奉ずるのである。このような態度は洗脳的に培われたものであると言わざるを得ない。

 しかし,そこにこそ根本的な問題が潜んでいるのではないだろうか。資本主義の社会で,人々は生きていくために経済活動をしなければならない。政治に関心を向ける余裕などないという人がいるのも現実だ。そのような人に頭ごなしに「勉強しろ」「政治は大切だ」と言っても問題は解決しない。

 また,今の教育の質にも問題があるはずだ。政治経済を教えてはいるが,学生がやることは用語の暗記に止まり,理解は深まらない。日本では教育予算が著しく低く,教師の雑多な業務による負担も大きい。そのような教育への後ろ向きな政策態度が現在の低脳社会をつくっているのではないか。皮肉にも,現政権はそのように作られる低脳社会に立脚しているため,改善を試みることはないのだが。

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オーサー

荻原重信

荻原重信

宮城県出身。
THE-MEDIA.jpの設立以来、政治コラムニストとして寄稿を続ける。
最近ツイッターを始めた。
趣味は剣道。好きな食べ物はササニシキ。

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