安徽大学の教室から

今日は、日本語学科3年生と「日本社会論」のオンライン授業でした。
政治、経済、社会事象など、様々なものを題材にしながら、戦後の日本社会の変遷を辿っていくのが、この授業です。

前回の授業では、高度経済成長期の集団就職について扱いました。
前回の議論を引き継いだ今回のテーマは、「上京」。
題材として取り上げたのは、長渕剛さんの作品です。

これまで、日本の高校の現代文の授業で長渕さんの作品を扱ったことはありました。
でも、中国の学生たちとディスカッションするのは、初めて。
そもそも、長渕さんの作品を聴くのも初めてという人が大半です。
どんな展開になるのか、想像がつかないところが面白いところ。

どの作品を扱ったかというと、「とんぼ」(1988年)と「東京青春朝焼物語」(1991年)という2作品です。
いずれの作品も、上京する人々が生きる重層性を描いていて、エスノグラフィーとして秀逸(改めて言うまでもありませんが)です。

一昔前、「上京」は「輝かしいもの」で、個人に対しては収入と地位の向上、日本社会に対しては高度経済成長をもたらしました。
でも、長渕さんが歌ったバブル期には、上京は輝かしいだけのものではなくなっていました。
「東京」そのものが変わり、上京した者と地方や故郷との関係も変わってしまったからです。

そうしたなかで生きる登場人物たちにとって、「東京の人になる」ということは手放しに喜ばしいことではない。彼らはそれに気づいています。
それでも、希望に向かって進んでいく主人公たちの姿が描かれるあたりに、この作品が持っている社会観察の重層性があります。

今日からおれ、東京の人になる のこのこと来ちまったけど 
今日からお前、東京の人になる せっせせっせと東京の人になる
(「東京青春朝焼物語」)
死にたいくらいに憧れた 花の都大東京  薄っぺらのボストンバック 俺は北へ北へ向かった  俺はこの街を愛し、そしてこの街を憎んだ
  (「とんぼ」)    

結果的に、こうした歌詞は中国の学生たちにまっすぐに届きました。授業はその後、NANAや東京タワーなどの映画作品の話題に展開して、いまでも続く「上京」の物語を追っていきました。

何十年も前に作った曲なのに、意外と今の時代の若者の声を歌っています。特に大都市で活躍している若者です。大都市のにぎやかさを目の当たりにして魅了され、大都市に家を持つために必死になっている人は中国にも多いです。しかし、現実には、そのような機会は限られており、大都市に根を下ろすことに成功した人々よりも、何年も苦労している一般の人々のほうが多いです。大都市は包容力があり、誰でも歓迎しているように見えますが、それは同時に無関心であり、家庭の暖かさはありません。しかし、たとえ将来がわからなくても、それでも彼らは希望を捨てませんでしたと思います。私も卒業後に大都市に行って、私の人生の機会を探します。

これらの歌の主人公はより良い生活にあこがれていて、この気持ちは世界中の人が共有しています。町や農村に生まれた人は大都市のにぎわいにあこがれているが、本当に夢の場所に行って分かったことは、悲しい事実です。それでも、大都市の美しさと包容力のため、もがいて暮らしても、二度と実家に帰りたくないです。中国では10年代にも、このような作品がたくさんありました。例えば、王力宏の「飘向北方」という歌、そして汪峰の多くの歌、歌っているのは中国人が必死に北京で戦っている物語です。この一致は面白いと思いますが、発展速度の違いから、「北京行き」は「東京行き」よりも遅れているようです。

この歌はその時代の人々の心理状態を反映しており、歌詞は非常に心に響き、上京する人々の生活の難しさと心の切なさをリアルに描いている。歌のメロディーはとても良くて、感傷的な中でまた激情に富んで、まるで人に暗闇の中で更にひと筋の希望を見させて、本当に“歌で心を伝える”をやり遂げていると思います。

「東京青春朝焼物語」は、東京に出てきた若いカップルの生活を描いた曲です。彼らは貧しくても、夢や希望を持って一生懸命に生きています。自分の夢や目標に向かって努力することの大切さを考えます。歌詞には、彼らの日常や感情が細やかに表現されています。例えば、「愛想の悪い酒屋で 俺は缶ビールを買った 植木鉢の下に鍵を置く事に決めた」など。
「とんぼ 」の歌詞には彼の感情や詩情が伝わってきます。大切な人と別れることの辛さや寂しさを考えました。中国にも、「北漂」といって、北京という大都会に出てきても、根を下ろせずにもがいている人々がいます。そのことと「とんぼ」の歌は共通する性質があると思った。この歌は、中国語のカバーバージョンがあります。子供の頃によく聴いていて、とても懐かしいです。

歌詞には上京青年の生活の断片が描かれており、東京での生活における主人公の経済的な困窮と困難を直感的に感じさせる。生活上の苦境と孤独、田舎から来たよそ者としての大都市生活への不慣れさ、そして未来への迷いはこれらの若者たちが共通して直面している難題です。 生活は容易ではありませんが、私たちは依然としてこれらの青年たちの未来への憧れを感じることができます。彼らは美しい生活を創造する簡単な願いを持って一人で勇敢に上京し、聴衆は歌から彼らの勇気と強さを感じた。「今日からおれ、東京の人になる」という歌詞が、私のお気に入りです。生活は苦しくて迷いながらも、勇気を出して東京に来て新しい生活を切り開いたという感じです。

『東京青春朝焼物語』のメロディーは繊細で漸進的で、『とんぼ』のメロディーは軽快で明るくて、しかし2つの歌の歌詞はすべて申し合わせたように上京する青年の生活に対する熱愛、困難に直面して正面から向上する態度を後押ししていました。私は感動しました。長渕剛さん、「東京青春朝焼物語」「とんぼ」は自分の経験を重ね合わせて作られたのですか。上京して夢を追いかけていた自分に、何を言いたいですか。

学生から質問もたくさん出てきました。
・トンボという比喩が面白いです。どうして「トンボ」を使っていますか?
・曲作りのインスピレーションとなるのは、あなた自身の体験ですか、それとも誰かの物語ですか?
・「のこのこと来ちまったけど」という言葉には何か深い意味がありますか。
・歌詞の中の「今日からお前東京の人になる」の「お前」は誰ですか。長渕さんの奥さんですか?それとも友達とか聞いている人ですか?
・この二つの歌は長渕先生の本当の経験ですか。創作のきっかけは何ですか。上京について積極的な歌を作ることを考えたことがありますか。
・歌の中の「東京」は単純に東京という都市という意味ですか?それとももっと広い意味がありますか?
・作者に聞きたいことがあります。彼が演奏しているときに、ハーモニカも吹いているし、ギターも弾いているし、歌も歌っていることに気づきました。ここまでの演技をするにはどんな能力が必要なのか聞いてみました

最後の質問は、「東京青春朝焼物語」に関するもの。
授業では、桜島ライブでのパフォーマンスを視聴したため、こういう質問になっています。

時代の質感を感じ取るための素材として扱ったのだけれど、学生たちはそれを超えて、作品の解釈や作者との対話を始めています。

プロフィール

高野 慎太郎

1991年、埼玉県生まれ。早稲田大学大学院教職研究科修了。早稲田大学高等学院助手を経て、中国・安徽大学外語学院客員講師、自由学園女子部中等科・高等科教諭。