大学生は「衆院選」をどう見たか 太田光炎上問題から考える「政治教育」

今年10月の衆議院議員選挙。投票率は戦後3番目に低い55.93パーセントを記録した。
新型コロナというかつて経験しない災害の中で、政治家それぞれの判断は、わたしたちの当たり前の生活を大きく左右する。
そうした中で大学生は政治に対してどのような目を向け、また何を感じ、周りとどのようなコミュニケーションを取っているのか。
現役大学生である浅井佑友さんと八木暁さんのお二人から「政治」との関わりについて伺うとともに、「政治教育」について国語教育の視点から実践をされてこられた高野慎太郎さんをお招きして座談会を開いた。

 

プロフィール

高野 慎太郎 … 私立中高一貫校 教諭(国語科)

浅井 佑友 … 早稲田大学文学部 4年

八木 暁 … 早稲田大学国際教養学部 1年

幸田 良佑 … 『THEMEDIA』編集長 / 東洋大学社会学部 1年

政治について語ると秩序を乱す?

幸田 まずは、いま大学生であるお二人が(僕も大学生ですが)、政治についてどのようなコミュニケーションをとっているのかということについて、お伺いしたいと思います。

八木 政治については、友達よりも家族と話すことが多いような気がします。新聞やニュースについて、「こういうことあったみたいだね」みたいに時事ネタとして話す感じです。深掘りするというよりは、ほんの一瞬話題になるみたいな。大学の友達とはこの前の衆院選の時に、投票に行ったかどうかが話題に上がりました。でも、あまり大学の仲間と政治の話をするという印象はないですね。

浅井 僕は大学で「性的同意」を広める運動のサークルに属しているんですが、そこでの友達は、政治に対して批判的な目を持った人が多い印象です。「女性活躍とか言ってるけど安い労働力が欲しいだけだろ」みたいな話をしていますね。他には写真サークルに属しているんですが、そこはずいぶん雰囲気が違います。グループラインに「選挙に行こう」と投稿したら、「秩序を乱さないでください」とおりを受けてしまいました。雰囲気的に「みんな仲良くカメラで遊ぼう」って感じで、政治の話題は難しいですね。もちろん個人単位で見れば違いますが、コミュニティの雰囲気というのはやはり大きいです。家族の中では母親と、政治の話をすることが多いです。とはいっても、「小田急線怖いね」とか「今度、総理は誰になるのかな」という感じで、時事的な会話がほとんどですね。

幸田 考えてみると、関心や興味によって、その人が属するコミュニティというのはある程度決まってきますよね。で、それによって話の話題とかテーマも決まってきてしまうと思っています。政治をテーマに話をするときも、同じ興味とか関心を持っている人と話していると、共感や同意をするポイントが全く同じになって、自分の意見を自分で肯定するような感じになってしまう。だからこの頃は、違うコミュニティとかクラスタに属する人たちと積極的にコミュニケーションを取って、多様な考え方や意見、思いを聞いてみようと試みています。

高野 ありがとうございます。みなさんのお話をざっくりまとめてみると、八木さんからは「大学ではあまり政治に関するコミュニケーションを取らない」というお話、浅井さんの発言では「場の秩序、雰囲気を壊さないで政治の話をするのは難しい」、幸田さんのお話では「政治をテーマに話をする人たちが、それぞれクラスタ化してしまっていて、違う考え、価値観を持つ人同士がぶつかり合うことがなくなってしまっている」。それぞれそういうようなお話だったかと思います。まとめると、大学生の政治に関するコミュニケーションは一部では話されているけれども、総体的に見れば、なかなか難しい状況だという印象を受けます。

政治コミュニケーションを増やすために政治教育はある

幸田 みなさんが学校教育の中で受けてきた政治に関する授業、例えば「政治経済」や「公民」なんてものがあったかと思いますが、それらの授業を通じて得た知識というのは、さきほどの質問で具体的にお話しくださったような、政治に関するコミュニケーションの中で活用されていますか?

八木 そんなにないですね。非常に残念なことですけど、学校で受けてきた授業が役に立っているかと聞かれて「はい」と答えることはできないですね。

浅井 僕の場合は、政治経済の授業で習ったことは、様々なコミュニケーションの前提として役立っているなと感じています。例えば、衆議院・参議院というのがあって、それぞれ定数がいくつであって、というように、いちど言葉として聞いているので、後々インデックスとして役に立ってくるなと思っています。

幸田 端的に言って、僕も役に立ったなと感じることは特にありません。浅井さんがおっしゃるように、「前提となる知識」としてそれを学校で扱っておくことには意味があると思いますが、一方で、授業で教える内容とか流れみたいな「枠組み」はすべて決まってしまっていますよね。なので、政治経済や公民の授業では、世の中で起きていることが一切触れられない、扱わないということがあって、そこに違和感を覚えていました。それだと、やはり卒業後も政治に関心を持ち続けるような教育はできないだろうなと感じます。

高野 政治システムや政治思想などに関する教育を、広い意味で政治教育といいます。初等中等教育段階での政治教育に求められていることは、もちろん特定価値観への方向付けにはありません。政治教育を受けたことによって「○○党支持者になりました」というのは、これは成果にはなりません。一方で、政治教育を受けたことによって、「政治について議論するようになった」という変化は、政治教育の成果として想定されてよいのだと思います。社会が政治的に成熟するためには政治に関するコミュニケーションが不可欠ですから、そういう意味でも、若い人たちが政治について当たり前に議論ができる、そんな条件を整えていくことは政治教育の重要な役割でしょう。そのためには何が必要か、考えてみる必要があると思います。

大学生は選挙特番をどう見たか

高野 みなさんは、衆院選の選挙特番はご覧になりましたか。NHKは日本列島の地図を示しながら淡々と速報していて、日本テレビはニュースZEROの有働アナと櫻井翔くん、フジテレビは宮根さん、テレビ東京は池上さん、テレビ朝日は報道ステーションで大越さんがやっていました。ぼくが注目したのは、TBSの太田光さんの選挙特番です。

幸田 僕も見ましたよ。「二階さんいつ辞めるんですか」「甘利さんご愁傷さまでした」言いたい放題でしたね。

高野 そうです。僕はああいう振る舞いに、太田特番の意義を感じました。だって、考えてみてください。選挙が終わってから一週間以上たっても、あの特番だけが世間で議論され続けていたんですよ。

幸田 議論というか「炎上」してましたけどね。「太田は専門家でもないのに政治を語っている」とか「あの態度は政治家に対して失礼じゃないか」とか、だいぶ叩かれていました。

浅井 僕は番組を直接は見ていなくて、まとめ記事を読んだだけなのですが、悪い番組だとは思いませんでした。もともと太田さんは目上の人に絡むキャラクターで、ビートたけしに失礼なことを言ってピコピコハンマーでたたかれたりしてましたよね。こういうキャラクターの人は珍しいと思います。日本のお笑いって、見下して笑いにするのは得意じゃないですか。後輩や弱者をいじって笑いに変えるような。

高野 後輩芸人いじりや「保毛尾田保毛男ネタ」みたいな、ダウンタウン・とんねるず的なものですね。

浅井 そうです。そういう空気は政治や社会に対する意識ともつながっている気がするんですよね。例えば、眞子さまや小室さんを叩く視線は、ものすごく上から目線ですよね。

高野 かつては雅子さまの人格に対するバッシングもありました。

浅井 そうですね、そういった偏見に基づいた予断をまき散らすようなやり方は歓迎されているのに、その逆をやろうとすると批判されるというのがお笑いの世界、ひいては日本の社会のような気がします。そういう状況を変えるためには、手を変え品を変えながら、少しずつ抵抗のしるしやキッカケを忍ばせていくほかないような気がします。

高野 ただ、太田さんの番組がこれだけ炎上すると、芸人さんの立場としても政治コミュニケーションに参加しづらい状況になりますよね。炎上自体は悪いことではないけど、「政治に触れると大変なことになる」とか「次回キャスティングされなくなる」みたいな雰囲気が広がると、太田さんのような役割を演じられる人がいなくなってしまいます。

八木 実際に、キャスティングされなくなってしまうんですか?

高野 実際どうなるかは分かりません。ただ、今回のように世論が炎上して、芸能界の内側からも批判が出ました。そうなると、スポンサーや業界的な意向を気にする向きが出てきてもおかしくはないのではないですか。その意味で、来年行われる参院選の選挙特番に、太田さんのような人物がキャスティングされない可能性はあります。

浅井 そういう社会的な圧力は、「屈することで既成事実化してしまう」という面があると思います。僕はフェミニズム運動のサークルで広報を担当していて、情報を出す前に「あ、これ炎上するの怖いな」って思う場合もあるんですけど、最近は「どんな批判が来ても屈しないぞ」っていうつもりで出すのがいいのだと考えるようになりました。考えすぎると、どんどん自己規制してしまったり、味方をますます委縮させてしまったりしますからね。

八木 ただ、あの放送に問題を感じている人って、じっさいどれくらいいるんでしょうね。よくニュースでいろんな話題が炎上しているって聞きますけど、実際は僕の周りではそうでもなかったりしていて、一部の人たちが炎上させているだけなのかもしれないなって思うこともあります。

高野 そうですね。ただ、たとえ一部であっても、テレビ局はスポンサーの意向に忖度せざるを得ず、スポンサーは視聴率やネット上での議論に忖度せざるを得ないというかたちで意思決定がなされています。なので、「炎上させればいいんだ」みたいなかたちで、「炎上」が番組を封じる方法になってしまう場合がある。僕は今回の太田特番の意義は大きいと考えているので、太田特番のような番組が増えることを望みます。ここでは太田特番から「学び」を引き出す方向で、炎上とは別のコミュニケーションをしてみたいと思います。

太田特番は政治教育番組である?

高野 炎上をどう捉えるかは別として、あの番組は広い意味で政治教育的なチャレンジとしての意義が大きかったと僕は思っています。政治教育の目標は、政治に関するコミュニケーションを増やすことです。何気ない日常行為の一つとして、ごく当たり前に政治コミュニケーションを行える人口層を増やしていくことが、社会が政治的に成熟するために必要なことなんです。

幸田 いつもそう仰っていますね。「政治コミュニケーションの回路を開くのが政治教育だ」みたいな。

高野 そうです。政治に関する言語ゲームを開始することだと言っても良いし、言葉は何でもいいんです。要するに、学校で政治教育を受けた人たちが、政治についてどんどん語るようにならなければ政治教育は失敗です。だから当然、いまの政治教育は失敗しているわけです。

八木 失敗というのは。

高野 政治についてのコミュニケーションを増幅させることが出来ておらず、若者の政治意識や投票率も下落し続けている。にもかかわらず、政治教育の界隈がその状況を直視できていないという状況も含めて「失敗」しているということです。

八木 問題は、どうして失敗になってしまうのかですよね。

高野 政治教育に関わる教員の大半は社会科の教員です。なので、コミュニケーションという視点を持ちにくいのではないですか。政治教育の授業では、いまでも相変わらず教科書的な知識事項を伝えて「政治に関心を持ちましょう」なんて言っている。あるいは「模擬投票」の試みもあるけど、生徒からすれば「一時的なイベントへのお付き合い」で終わってしまう。どうすればコミュニケーションが創発するのかを、もっとまじめに考えたほうがいい。

幸田 性の多様性に関する活動をしているときに高野先生は、コミュニケーションが始まるためには、情報だけじゃなくて感情と語り方が重要だって言いますよね。

高野 大事なのは、ファクトにプラスして、感情と語り方を共有することです。この点はジャニーズに学べばいいと思います。新たなグループを売り出すときに、メンバーについての細目的な情報提供はさておいて、先輩たちがやっている番組にとりあえず登場させちゃうでしょう。番組のなかで先輩が絡んだり、いじったりしながら、その人に対する感情の使い方や語り方を見せていく。見ている僕らは、笑えばいいのか、いじればいいのか、敬えばいいのかみたいなコミュニケーションの仕方を学ぶ。テレビで見たままを模倣して、翌日からはファン同士がコミュニケーションを行うわけです。

幸田 そういうやり方があって、それをまねていけばいいということですね。

高野 小さい頃の僕らだってそうだったと思います。言葉を覚えた頃に喋っていたことって、あんまりその情報の内容的な価値を伝えたかったわけではないでしょう。それよりも、大人の口ぶりをマネしたり、かっこいい話し方をマネしたりして、模倣しながらコミュニケーションって始まるじゃないですか。

浅井 確かにそうですね。それは、政治教育でも同じだというのが高野先生の考え方なのですね。

高野 基本的には同じだと思う。単なる情報を伝えただけではダメです。政治経済の教科書を読んでも、政治について語ろうとは思わないでしょう。

幸田 それはよく分かります。

高野 その点で参考になるのは、アメリカのテレビです。アメリカでは7時8時台は普通のニュース番組がある。それが終わった9時10時台にはニュースバラエティ番組があるんです。The Daily ShowとかThe Late Showですね。これは、その日の出来事をコメディにして伝える。それによって視聴者に対して、情報だけでなくそれに伴う感情と語り方を伝える。コラムニストの町山智浩さんは、こうした方法を「政治風刺の伝統」として紹介しておられます。

幸田 映画評論家の町山智浩さんですね。そういえば高野先生は、町山さんが書かれたものをテキストとして授業で使うことが多いですね。

高野 それはそうです。ぼくは1991年生まれなので2000年代に中学生・高校生でしたけど、『映画秘宝』を読んだり、町山さんのラジオコラムを聴いて育ちましたから。特にアメリカ社会論からは多くを学んだし、影響も受けました。なにより、町山さんが通っていた学校だからという理由で、進学する高校を決めたほどです。

幸田 それだけの動機で(笑)。話がそれましたけど、アメリカには政治風刺番組があるけど、日本にはない。

高野 そうです。その背景は、日本に宮廷道化師の伝統がないからだということです。これも町山さんがよく書かれることだけど、中世ヨーロッパでは宮廷に囲われた道化師がいて、王様を茶化すことで王権を相対化する機能を果たしていた。それがいまはアメリカで、コメディアンによる政治風刺の伝統として生きている。こうした伝統が目指している機能は、ほとんど政治教育の目的と同一です。情報・感情・語り方をセットで伝えることによって、世の中に政治コミュニケーションを増やすということです。

幸田 なるほど。

高野 太田特番では、道化師の役割を太田さんが演じて、徹底的に政治風刺的に振る舞っていました。太田さんの語り方は明らかに感情に訴えるパフォーマンスで、実際に炎上という形でコミュニケーション回路が開かれたわけです。もちろん、政治教育の目的は炎上ではないので、「これで万事OK」ということにはなりませんが、下敷きとすべき伝統もないなかで、太田特番がある程度パフォーマティブに機能したということは記憶しておくべきだと思います。次回は、もっとうまくいくことが期待できるからです。

浅井 継続的に考えたほうがいいですね。

高野 そうですね。今回のことを「失敗」として記憶することは避けたい。そのうえで未来にどれだけ希望があるかという伸びしろは、狭い意味での政治教育がどこまで頑張れるかにかかっています。ああいう番組を受け取って、政治コミュニケーションを回していけるような人を初等中等教育でどれだけ育てられるかということです。僕はすでに政治風刺番組を政治教育に活用する実践を行っています。社会では炎上してしまったけど、教育現場ではグループ編成などをコントロールすることができるので、炎上しないかたちで政治コミュニケーションを継続していくことが出来ます。そうやって政治コミュニケーションの経験を積み重ねていけば、政治風刺番組を有効に受け取れる層も増えていくはずです。

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