国会大荒れ、なぜこの時期に 内閣の人事介入が疑われる検事長定年延長問題

森法務大臣

先日、国会内閣委員会で国家公務員法及び検察庁法が審議入りした。議論の開始から与野党の対立は深い。こんな新型コロナウイルスに襲われている時期に国会を停滞させるなとの見方があるようだが、こんな緊急時にまで欠席しなければならないほど問題は深刻なのである。

ことの運びを端的にまとめよう。昨年10月、森法務大臣の答弁によれば口頭決裁にて検察官黒川氏の定年延長を決定した。しかし、従来から検察官は年度にかかわらず、誕生日をもって退官するのが慣例であった。一方で他の国家公務員は定年に達した年度をもって退職する。国家公務員法と検察庁法との適用にはこうした区別があった。そして、昭和56年、政府は検察官の定年の延長は検察庁法の規定にのみ従うという趣旨の答弁を行なっている。

こうした今までの法律の適用の仕方を正当な手続き無しに変えたことを野党は指摘しているのだ。
 此の期に及んで、政府は、検察官の定年制に国家公務員法の規定を準用できる旨の改正案を国会に提出した。それが今回の議論である。この事件は多くの問題をはらんでいる。以下大きな問題点である。

  1. 黒川検事長と政権の蜜月
  2. 法解釈変更の手続きの不当性
  3. 検察の独立性の危機
  4. 政府の論点すり替え

1.これら二つの議論は、そもそも黒川検事長の政権との親密な関係に端を発する。政府は、野党が黒川検事の延長理由を問いただすのに対し、黒川検事長にしかできない仕事があるとの説明をしているが、そんなことは全くない。何より黒川氏が必要な具体的な事案がないのだから。

2.まず、法解釈の変更を口頭決裁において行なったことは、ただ「大臣の責任感がない」という問題ではない。行政の運営は文書主義で行われている。政府が行ったことを文書として残すことで、裁判などにおいては証拠となり、のちの政権には参考資料となる。さらには行政の自浄作用をも期待できる。口頭決裁とはこのような意義をもって長年守られてきた文書主義を冒涜する行為なのである。

3.検察という組織は、刑事司法の重要な位置を占める。無辜の人を死刑台に送りうる力を持っている。過去、冤罪事件に苦しんだ人は多くいた。そのような事件をなくすために国家の制度は試行錯誤して形づくられてきた。その末に、今、政治権力と刑事司法を明確に区別する制度がある。森法務大臣、ひいては安倍内閣は、これまでの幾多の人々の苦しみを毛頭考えもせず、過去の教訓に立脚した国民のための制度を、一言において吹き払ったのである。

4.以上のように政府の黒川氏に対する処置は多くの問題を抱えている。今度の検察庁法改正案はその問題をはぐらかす手段であろう。法律を多数決原理によって変えてしまえば既成事実化できるという魂胆だ。世論に引火しないように議論を錯綜させる卑怯な手段である。法律を変えたところで、法の不遡及の原則からしてみれば、黒川検事長定年延長処分が違法であったことを示すだけなのであるから、それはそれでお粗末なものだ。

 多くの国民がコロナの危機にあって助けを求めている。政治権力とはこのような時に真っ先に手を差し伸べるものではないか。政府を利するところに時間を費やすなど言語道断だ。国民の気持ちにも寄り添えず、法や政治制度についての無知をさらけ出すも厚顔無恥な政権など私は御免である。
 もう一つ付け加えておこう。「民主主義」「」なんかどうでもいい。楽しく生きていければいい。そんな人生をおままごとに終わらせるような根性も私は御免である。

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荻原重信

宮城県出身。
政治コラムニストとしてTHEMEDIAに寄稿。
最近ツイッターを始めた。
趣味は剣道。好きな食べ物はササニシキ。